Google DeepMindの SIMA 2 :仮想3D世界における汎用AIエージェントの革新とAGIへの展望

Google DeepMindの SIMA 2

米Google DeepMindが2025年11月に公開した次世代汎用AIエージェント「 SIMA 2  (Scalable, Instructable, Multiworld Agent 2)」の研究プレビューは、この分野における重要なマイルストーンとなります。SIMA 2は、初代SIMAの基盤を継承しつつ、同社の強力なマルチモーダルモデル「Gemini」を中核に統合することで、単なる操作エージェントから、推論、一般化、対話、そして自己改善が可能なAGIの初期形態へと進化を遂げました。

本稿では、SIMA 2の技術的アーキテクチャ、特にその核となるGeminiの統合、一般化能力の向上、そして未来のロボティクスやAI学習のあり方を決定づける「自己改善ループ」について、詳細に解説します。

Also see: SIMA 2: An Agent that Plays, Reasons, and Learns With You in Virtual 3D Worlds

Sima 2

1. SIMA 2の技術的基盤:Geminiとの統合による推論能力の獲得

SIMA 2の最大の進化点は、エージェントの中核に**大規模マルチモーダルモデル「Gemini」**を統合したことにあります。

1.1 マルチモーダルな指示理解と抽象化

従来のゲームAIやエージェントは、主に固定されたコマンドやゲーム内イベントのみを理解するように設計されていました。しかし、Geminiを統合したSIMA 2は、以下のような高次元で抽象的なマルチモーダル指示を、複雑な3D仮想世界における具体的な行動シーケンスに変換できます。

  • 自然言語による複雑な指示: 「このエリアにある特定の資源をすべて採集した後、安全な場所に格納庫を建設せよ。」といった多段階のタスク。
  • スケッチ/画像: ユーザーが手描きした簡単な目標物やマップのスケッチを認識し、その意図に沿った行動をとる。
  • 絵文字のみの指示: テキストに加えて絵文字(例: 🌲⛏️🏠)を理解し、木を伐採して家を建てるという抽象的な目標を具体的な行動に落とし込む。

Geminiは、これらの入力からユーザーの**意図(Intent)**を正確に推論し、それをSIMAが実行可能な低レベルの操作(キーボード/マウス操作、カメラ移動など)へと変換する、高度なプランニングレイヤーとしての役割を果たします。

1.2 概念レベルでの転移学習の実現

Geminiの強力な一般化能力により、SIMA 2は概念レベルでの転移学習(Conceptual Transfer Learning)を実現しました。

これは、エージェントがゲームAで獲得した「採掘 (Mining)」の抽象的な概念を、学習していないゲームBでの「収穫 (Harvesting)」という類似のタスクに応用できることを意味します。この概念の転移は、特定の環境に依存しない汎用的なスキルセットの構築を可能にし、AGI開発における核となる課題の一つを克服するものです。

2. 汎用性の検証:未学習世界と生成3D世界への適応

SIMA 2の真の価値は、訓練に使用されていない環境(未学習ゲーム)や、完全に新規に生成された3D世界でのタスク遂行能力にあります。

2.1 未学習ゲームでの性能向上

SIMA 2は、学習データセットに含まれていないゲーム環境(例: VikingサバイバルゲームのASKAや、Minecraft研究実装のMineDojoなど)において、SIMA 1と比較して大幅に一般化性能を向上させました。

これは、Geminiが持つ広範な世界知識と推論能力が、未知の環境を推測し、既知のスキルを適用する能力をエージェントに与えていることを示しています。評価タスクにおいて、SIMA 2は人間プレイヤーの性能に迫る結果を示しており、限定的な環境を超えた「汎用エージェント」としての可能性を裏付けています。

2.2 Genie 3との連携:動的な世界生成への挑戦

DeepMindは、SIMA 2の一般化能力の限界を試すため、自社の世界生成モデル「Genie 3」と組み合わせた実験を行いました。

Genie 3は、1枚の画像やシンプルなテキストプロンプトから、リアルタイムでインタラクティブな3D世界を生成するモデルです。SIMA 2は、この完全に新しい、予測不可能な環境においても、以下のタスクを遂行しました。

  • 空間把握とナビゲーション: 初見の環境内で自己位置を特定し、指定された目標への最適な経路を計算する。
  • 指示の即時理解: リアルタイムで生成されるオブジェクトや構造物に対して、ユーザーの指示に基づいた適切な操作(インタラクション)を実行する。

この実験は、SIMA 2が従来の固定されたゲームエンジン環境に依存せず、動的かつオープンエンドな仮想世界で柔軟に対応できることを証明しており、AGIが物理世界で直面するであろう変化への適応能力をシミュレートするものです。

3. 自己改善ループ:人間データからの脱却

SIMA 2の最も革新的な側面の一つが、人間デモンストレーションデータに依存しない、新たな自己改善(Self-Improvement)サイクルの導入です。

3.1 経験データの自動生成

SIMA 2は、人間による指導を待つのではなく、自らの学習を推進するサイクルを確立しました。このプロセスは以下のステップで構成されます。

  1. タスクと推定報酬の生成: Geminiが、現在のエージェントのスキルレベルや環境を考慮し、新しい挑戦的なタスクと、それを達成した場合の**推定報酬(目標)**を自動的に生成します。
  2. 試行(行動)と経験の蓄積: SIMA 2エージェントは、生成されたタスクを実行し、その過程での行動ログと環境の変化を記録します。
  3. Self-Generated Experience: 蓄積された経験データは「Self-Generated Experience」としてタグ付けされ、次世代のSIMA 2モデルの再訓練データとして活用されます。
  4. スキルの継続的向上: このループを繰り返すことで、SIMA 2は人間のデモなしに、未学習ゲームでの能力を自律的に向上させ、新規の世界でも自己のみで学習し続けることが可能になります。

この自己改善ループは、AIエージェントが環境と対話し、試行錯誤を通じて無限にスキルを拡張していく「オープンエンドな学習」に向けた重要な一歩であり、データ収集のボトルネックを解消する鍵となります。

4. 現時点の課題とロボティクス・AGIへの展開

SIMA 2は大きな進歩を遂げましたが、研究プレビューの段階では、DeepMindが明示しているいくつかの技術的課題が存在します。

4.1 残存する技術的制約

課題項目 詳細な技術的制約 関連する将来の応用分野
長時間・多段階の推論 非常に長く、複雑なタスクチェーンや、計画の実行中に発生する予期せぬ中断への対応はまだ困難。 実世界の複雑な業務遂行、製造ラインでのエラー対応。
コンテキスト保持(メモリ) LLMのコンテキストウィンドウがまだ短く、長期間にわたる環境内の出来事や過去の行動を完全に記憶することが難しい。 長期的なロボット操作、実世界での生活支援タスク。
精確な操作 仮想環境であっても、人間の行うような複雑で精確なキーボード/マウス操作(例:ミリ単位の照準合わせ、正確なドラッグ&ドロップ)が難しい。 産業用ロボットの精密作業、手術支援ロボット。
複雑な3Dシーンの視覚理解 物理法則やオブジェクト間の複雑な関係性をリアルタイムで推論する3D視覚能力がまだ不十分。 自動運転、物理的な環境での自律ナビゲーション。

4.2 ロボティクスとAGIへの橋渡し

DeepMindは、SIMA 2が仮想世界で習得する能力を、物理世界のロボットに必要な基礎スキルと明確に位置づけています。

仮想3D環境は、物理的なロボット学習における安全かつ多様性に富んだ訓練場となります。SIMA 2が習得したナビゲーション、道具の操作(Grabbing, Using)、および協調タスクの遂行能力は、シミュレーションから実世界への「スキル転移」のための強固な基盤を提供します。

SIMA 2の進化は、AGIが最終的に実世界に展開される際の、知覚・推論・行動のループを仮想世界で先行して構築する試みと言えます。責任ある開発体制の下で、学術機関やゲーム開発者との限定的なプレビューを通じてフィードバックを収集し、リスクを理解しながら、AGIに向けた着実な歩みが進められています。

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