スタートアップやフリーランスとしてビジネスを始めたばかりの方にとって、「 NDA (秘密保持契約)」という言葉は少し堅苦しく感じるかもしれません。しかし、ビジネスにおいて情報の取り扱いは非常に重要であり、適切な契約によって信頼関係とリスクヘッジの両方を実現することができます。この記事では、 NDA の基本的な仕組みから注意点、すぐに使えるテンプレートまで、初心者にもわかりやすく解説していきます。
NDA (秘密保持契約)とは?
NDA (秘密保持契約)とは、ビジネスにおいて共有される機密情報を第三者に漏洩しないよう、あらかじめ契約によって義務付けるための法律文書です。英語では「Non-Disclosure Agreement」と呼ばれ、日本語では「秘密保持契約」や「機密保持契約」と訳されます。この契約の目的は、取引先や業務委託先との間で共有する企業秘密やノウハウ、顧客情報、技術情報などの重要な情報を外部に漏らさずに守ることにあります。
スタートアップにとって NDA が必要不可欠である理由は、限られたリソースとアイディアに価値が集中しているからです。新しいプロダクトの構想や独自のビジネスモデル、開発中の技術など、初期段階ではまだ公開できない情報をパートナーや外部協力者に共有する必要があります。その際に NDA を結んでおくことで、万が一情報が流出した場合にも法的に対応でき、リスクを最小限に抑えることが可能です。また、 NDA を交わすことで相手との信頼関係を築きやすくなり、より安心して連携を進められるという効果もあります。
なお、 NDA は「契約書」の一種ではありますが、他の契約書と役割が異なります。たとえば、業務委託契約は報酬、納期、成果物の内容など業務に関する包括的な取り決めを行う契約です。一方、 NDA は主に「情報の取り扱い」に特化した契約であり、業務委託契約の一部として含まれる場合もありますが、より慎重な情報管理が必要な場面では NDA を個別に締結することが一般的です。
つまり、 NDA はビジネスのあらゆる場面で活用される重要な契約であり、とくにスタートアップのように柔軟かつスピーディーに外部と連携を図る企業にとっては、最初に整えておくべき基本的なリスク管理ツールのひとつと言えるでしょう。
NDA の種類
NDA (秘密保持契約)には主に「片務的 NDA 」と「双務的 NDA 」の2種類があり、情報のやり取りを行う立場や契約の目的によって使い分ける必要があります。
片務的 NDA (Unilateral NDA )は、一方の当事者のみが機密情報を開示し、相手方に対してのみ守秘義務を課す契約です。主に採用面談や業務委託先との初期の打ち合わせなどで活用され、スタートアップがまだ一方的に自社の情報を開示する段階ではこの形式がよく使われます。たとえば、開発を依頼する前に製品アイデアを外部業者に説明する場合などが典型です。
一方、双務的 NDA (Mutual NDA )は、双方が情報開示者かつ受領者となる前提で、双方に守秘義務を課す契約です。協業を前提としたプロジェクトや、業務提携、M&A(企業買収・統合)の検討段階など、双方が重要な情報を共有する場面で使用されます。たとえば、スタートアップが大手企業と共同で新規サービスの開発を進めるようなケースでは、双務的 NDA を結ぶことで相互に信頼関係を構築しやすくなります。
このように、 NDA の種類は状況に応じて適切に選ぶことが重要です。片務的か双務的かの違いにより、契約の内容やリスク管理の在り方が大きく変わってくるため、事前に用途と関係性をよく見極めた上で締結する必要があります。
NDA の主な条項と注意点
NDA (秘密保持契約)を締結する際には、契約書に含まれる条項の内容をよく理解し、実際の取引や関係性に合った形で設定することが重要です。以下に、主な条項とその注意点を詳しく解説します。
- 秘密情報の定義
契約書の中でも最も重要な部分のひとつが、どの情報が「秘密」として扱われるのかの明確化です。書面、口頭、電子データなど媒体を問わず、業務上知り得た情報全般を対象にする場合が多いですが、あいまいな定義では後にトラブルのもとになります。たとえば「技術情報」「顧客リスト」「業績データ」など具体的なカテゴリを列挙し、契約対象となる情報の範囲を可能な限り明確にしておくことがポイントです。 - 守秘期間の設定
守秘義務がいつまで続くのかも重要な要素です。一般的には「契約期間中および契約終了後○年間」といった形式が用いられます。スタートアップなど技術の進化が早い業界では、期間を長く設定しすぎると相手の負担になることもあるため、業界慣行や情報の性質に応じて適切な期間(例:2年、5年)を定める必要があります。 - 情報の取り扱い方法
受領者が秘密情報をどのように管理し、誰まで共有可能か(例:社内の必要最小限の関係者のみ)、情報漏洩を防ぐための措置をどの程度講じるべきかを規定します。また、複製やコピーの可否、契約終了時の情報の返却・破棄義務なども明記しておくと安心です。取り扱いに関するルールが明確でないと、悪意がなくとも結果的に漏洩につながるリスクがあります。 - 例外規定(公開情報など)
すでに公知となっている情報や、受領者が独自に知っていた情報など、守秘義務の対象外とする「例外情報」についても明示する必要があります。たとえば、一般に公開されているIR情報、既に知っていた情報、第三者から適法に入手した情報などは除外されることが一般的です。これにより、過度な制約を回避し、実務的な運用がしやすくなります。 - 損害賠償・違反時の対応
万が一、契約に違反して情報が漏洩した場合の対応も事前に取り決めておく必要があります。違反者に対して損害賠償請求ができる旨を明記したり、差止請求(情報の使用停止)などの救済措置を盛り込むことで、契約の実効性を高めることができます。ただし、過度な責任を一方にのみ負わせないよう、バランスの取れた内容にすることが望まれます。
このように、 NDA はただ形式的に交わすだけでなく、実際のビジネス環境や契約相手との関係性に応じて慎重に設計する必要があります。特にスタートアップにとっては、信頼を保ちつつ自社の知的財産を守るための重要なツールであるため、専門家の助言を得ながら自社に最適な内容にカスタマイズしていくことが推奨されます。
NDA を結ぶ際の流れ
契約書の提示タイミング
NDA の提示は、本格的な商談や情報共有を始める前に行うのが基本です。たとえば、採用面談で会社の内部事情を共有する場合や、新規取引先と製品の詳細仕様を議論する前など、「守るべき情報」を開示する前のタイミングが最適です。
提示が遅れると、すでに共有した情報が契約の保護対象外になる可能性があり、万が一のリスクに備える意味でも、最初の接触や関心表明があった時点で、事前に一言「お話の前に NDA をご確認いただけますか?」と伝えるのが望ましい対応です。
電子署名の活用(DocuSign、クラウドサインなど)
近年では、電子署名サービスを利用するケースが急増しています。特にスタートアップやオフショア開発など、物理的に離れた相手とやり取りをする場合、以下のような電子署名ツールが有効です。
- クラウドサイン(CloudSign):日本企業間の契約に強く、法的効力も問題なし。UIがシンプルで、国内取引に向いています。
- DocuSign:グローバルに通用するツール。海外企業とやり取りする際には安心感があります。
- Adobe Sign なども同様に利用されています。
電子署名を活用すれば、契約締結までのスピードが大幅に向上し、書面管理の手間も減らせます。
相手との合意形成のコツ
NDA を提示する際に最も大切なのは、「信頼関係を壊さずに守るべきラインを伝える」ことです。以下のようなポイントに配慮すると、スムーズに合意を得やすくなります。
- 背景を丁寧に説明する:「当社では機密情報の管理を徹底しており、 NDA をお願いしています」と、形式的ではなくポリシーとして伝える。
- 過度な制限は避ける:相手にとって不利な条項(例:守秘期間が10年以上、損害賠償の一方的義務など)は避け、お互いにとって妥当な条件を提示する。
- カスタマイズの余地を残す:契約書があらかじめ用意されたテンプレートでも、相手が必要に応じて修正提案できる柔軟性を持たせておくと、合意に至りやすくなります。
- 専門家の確認を入れる:重要な交渉相手との NDA では、弁護士や法務担当のチェックを入れることで、のちのトラブルを未然に防げます。
NDA テンプレート付き:すぐ使える雛形
日本語の基本テンプレート(ダウンロードリンク付き)
NDA テンプレートは、秘密情報の開示者と受領者の両方に適用可能な双務的 NDA をベースにしています。以下のような項目が含まれています:
- 契約の目的
- 秘密情報の定義
- 情報の取り扱い方法
- 開示範囲と利用目的
- 守秘義務の期間
- 例外条項
- 契約期間と終了条件
- 損害賠償責任
- 管轄裁判所
テンプレートダウンロード:
[こちらから日本語の NDA テンプレート(Word形式)をダウンロードできます]
利用時のポイント解説
テンプレートを使用する際には、以下の点に特に注意する必要があります。
- 情報の具体性を確認すること
「秘密情報」の定義が曖昧なままだと、トラブルの原因になります。できる限り、「営業資料、価格表、ソースコード、顧客リストなど」のように、具体的な対象物を明記しましょう。 - 守秘期間のバランスをとること
一般的には1〜5年程度の守秘期間が多く、内容や業界によって適宜調整します。長すぎると相手の同意を得にくく、短すぎると保護力が不十分になります。 - 契約相手の記載内容を確認すること
法人名や代表者の記載に誤りがないか、署名欄の位置や形式が合っているかをチェックし、電子署名の場合も法的効力がある形式を用いましょう。
条項のカスタマイズ例
テンプレートをそのまま使うだけでなく、ビジネスの内容や相手に応じて調整することで、より実用的な契約になります。以下にカスタマイズ例をいくつか紹介します。
- 守秘義務の範囲の調整
たとえば、受領者が外部の委託先(翻訳者やデザイナーなど)と業務を行う場合、**「正当な業務上必要な第三者に対しては、同等の守秘義務を課すことを条件に情報を共有してよい」**という文言を追加することで、現実的な運用が可能になります。 - 損害賠償の上限を設定
特にスタートアップにとって、過大な損害賠償義務を避けたい場合には、**「損害賠償額は当該契約に基づく取引総額を上限とする」**といった制限を設けることで、リスクをコントロールできます。 - 管轄裁判所の調整
相手が地方企業や外国法人である場合、自社所在地の裁判所に限定する条項が交渉のネックになることもあります。その場合は、相手の所在地と協議のうえ中立地の裁判所を選ぶなど、柔軟に対応しましょう。
スタートアップが NDA を使う際のよくある質問(FAQ)
Q: 無料テンプレートでも大丈夫?
A: 結論から言えば、基本的な用途であれば無料テンプレートでも十分に機能します。特に一般的な情報開示や業務委託、採用面談などの目的であれば、無料テンプレートを利用しても法的効力はあります。
ただし注意すべきは以下の点です:
- 自社の事情に合わせたカスタマイズができているか
- 最新の法令に準拠しているか(テンプレートの更新日を確認)
- 相手方と契約内容に対する合意がきちんと形成されているか
心配な場合や交渉が複雑になりそうなケース(M&A準備、技術開示など)では、専門家(弁護士や法務担当)に確認を取ることが推奨されます。
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Q: 海外企業との NDA はどうすべき?
A: 海外企業と NDA を締結する場合、いくつか特有のリスクと対応策があります:
- 言語の選定:通常は英語で作成されますが、両言語併記(日本語・英語)も可能です。その場合、「どちらの言語が優先されるか」を明記しておくことが大切です。
- 準拠法と裁判管轄:相手国の法律が適用される場合、自社に不利となることがあります。できるだけ「日本法準拠・日本の裁判所を管轄」とする交渉を行いましょう。
- 署名の方法:海外ではDocuSignなどの電子署名が一般的です。日本でも2020年以降、電子契約の法的効力が明確になっているため、適切な電子署名サービスを使えば問題ありません。
このように、海外企業との NDA には慎重な対応が求められます。内容のチェックや翻訳精度、国際的な法的リスクなどを含めて、必要に応じて専門家のサポートを受けましょう。
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Q: 個人として締結しても法的効力はある?
A: はい、あります。
NDA は法人間の契約だけでなく、個人同士、または法人と個人の間でも有効な契約です。
たとえば以下のようなケースで個人として締結されることがあります:
- フリーランスがクライアント企業と契約する場合
- 個人投資家がスタートアップの非公開情報にアクセスする場合
- 副業や業務委託で外部パートナーと情報共有する場合
重要なのは以下の点です:
- 契約主体として「個人名(氏名・住所)」を明記すること
- 本人確認を兼ねて署名や押印、電子署名を行うこと
- 書面で合意内容を残すこと(口頭だけではリスクが高い)
つまり、 NDA は立場に関わらず「守秘の約束を明確にする」ための基本ツールであり、個人であってもきちんとした手続きにより十分に機能します。
まとめ
NDA はスタートアップにとって、信頼を守りながら安心してビジネスを進めるための基本的かつ重要なツールです。情報の価値がますます高まる現代において、守秘契約をきちんと整備しておくことは、トラブル防止だけでなく、企業価値の保護にもつながります。最初は難しそうに見えるかもしれませんが、適切な知識とテンプレートがあれば誰でもスムーズに対応できます。この記事を参考に、必要な場面で NDA を活用し、安心して事業を進めていきましょう。