グローバル化が進む中、 日本企業 が海外のベンダーや外注先と契約を結ぶ機会が増えています。コスト削減、スピード感ある開発、多様なスキルセットの活用など、多くのメリットがある一方で、文化や法律、言語の違いから思わぬトラブルが発生することも少なくありません。特に契約段階での認識のズレや、曖昧な表現による誤解は、後々のビジネスに大きな影響を及ぼす可能性があります。
本記事では、 日本企業 が海外ベンダーと契約を結ぶ際によく陥りがちな落とし穴と、その実践的な対策を具体的に解説します。これから海外との取引を始めようとする企業担当者はもちろん、既に海外ベンダーとのやりとりを行っている方にとっても、あらためて確認しておきたい重要なポイントをまとめました。
契約内容の不明確さ
日本におけるビジネス慣習では、「暗黙の了解」や「言わずもがな」といった文化が根強く存在し、細部まで文書化せずとも円滑に物事が進むことがあります。しかし、この日本的なアプローチは、海外との取引、特にソフトウェア開発においては深刻な問題を引き起こす原因となります。海外のビジネス環境では、契約書に明記されていない内容は、原則として履行されない、あるいは存在しないものと見なされることが一般的です。
日本的な「暗黙の了解」が通用しない理由
海外の法体系や商慣習は、日本とは大きく異なります。
- 契約至上主義: 多くの国、特に欧米諸国では「契約至上主義」の原則が強く、当事者間の権利義務は契約書に書かれた内容のみに限定されます。契約書に記載されていない事項は、たとえ口頭で合意があったとしても、法的な拘束力を持たないか、証明が極めて困難になります。
- 文化・言語の壁: 異文化間では、価値観や常識が異なるため、日本で「当たり前」とされることが海外では全く通用しない、あるいは誤解される可能性が非常に高くなります。言語の違いも相まって、意図が正確に伝わらないリスクは常に存在します。
- 紛争解決の考え方: 紛争が発生した場合、日本では当事者間の話し合いによる解決を重視する傾向がありますが、海外では契約書に基づいて法的な手段で解決を図ることが一般的です。契約書に不備があれば、自社に不利な状況に追い込まれるリスクが高まります。
すべてを明確に文書化する必要がある事項
海外とのソフトウェア開発契約では、トラブルを避けるために、以下の事項を具体的かつ詳細に文書化することが不可欠です。
- 役割分担:
- プロジェクトにおける各当事者(発注者、受注者、第三者ベンダーなど)の具体的な役割と責任範囲を明確に定義します。
- 例えば、「開発責任者は誰か」「品質保証はどちらが行うのか」「テストは誰が実施するのか」「障害発生時の対応責任は誰にあるのか」などを詳細に記述します。
- コミュニケーションラインやエスカレーションプロセスも明記することで、問題発生時の対応をスムーズにします。
- 納期:
- プロジェクト全体の最終納期だけでなく、各フェーズ(要件定義、設計、開発、テスト、リリースなど)の具体的なマイルストーンとそれぞれの納期を明確に設定します。
- 納期遅延が発生した場合のペナルティ(遅延損害金など)や、不可抗力による遅延の免責事項も忘れずに記載します。
- 進捗報告の頻度や形式についても合意しておきましょう。
- 成果物の定義:
- ソフトウェア開発における「成果物」とは、完成したソフトウェア本体だけでなく、設計書、仕様書、ソースコード、テスト計画書、テスト結果報告書、ユーザーマニュアル、導入手順書など、多岐にわたります。
- これらの成果物の種類、形式、品質基準、納品方法を具体的に定義します。例えば、「設計書は〇〇フォーマットで、□□項目を記載する」「ソースコードはコメント率〇〇%以上とする」といった詳細な取り決めが必要です。
- 成果物の検収基準も明確にし、検収プロセス(検収期間、不合格時の対応など)も文書化します。
- 要件定義と仕様:
- 開発するソフトウェアの機能要件、非機能要件(性能、セキュリティ、保守性など)を詳細かつ網羅的に定義します。
- 曖昧な表現を避け、数値や具体的な動作で表現することが重要です。
- 要件変更が発生した場合のプロセス(変更要求の提出、承認、追加費用・納期への影響など)も明確に定めておく必要があります。
- 知的財産権の帰属:
- 開発されたソフトウェアや関連するドキュメントの知的財産権(著作権、特許権など)が、最終的にどちらの当事者に帰属するのかを明確に定めます。特に、共同開発の場合や、既存のライブラリを使用する場合などは注意が必要です。
- ライセンスの範囲や利用条件についても詳細に記述します。
- 品質保証とテスト:
- どのようなテスト(単体テスト、結合テスト、システムテスト、受け入れテストなど)を、誰が、どの範囲で実施するのかを明確にします。
- バグの定義、重症度分類、修正の責任範囲、修正期間なども合意しておきましょう。
- 費用と支払い条件:
- プロジェクト全体の費用、各フェーズの費用、支払い時期、支払い方法、通貨、為替リスクの負担、源泉徴収税の扱いなどを明確に記載します。
- 追加費用が発生する条件や、請求書発行のタイミングなども詳細に定めます。
海外との取引では、契約書は「コミュニケーションの基盤」であり、「紛争予防のためのツール」であるという認識を持つことが重要です。曖昧な点はすべて明確に文書化し、双方の合意を形成することで、プロジェクトのリスクを大幅に軽減し、成功へと導くことができるでしょう。
知的財産権の扱いの曖昧さ
ソフトウェア開発プロジェクトにおいて、成果物であるソースコードやデザインなどの知的財産権の帰属が不明確であることは、プロジェクトの成功を阻害し、将来的に重大な法的トラブルに発展する最も危険な要素の一つです。この点が曖昧なまま契約を進めることは、まるで時限爆弾を抱えているようなものです。
なぜ知的財産権の曖昧さが問題なのか
知的財産権とは、人間の知的活動によって生み出された創作物に対して与えられる権利の総称で、ソフトウェア開発においては主に著作権が該当します。デザインや特定の技術に関しては意匠権や特許権が絡むこともあります。これらの権利の帰属が曖昧だと、以下のような深刻な問題が生じます。
- 成果物の利用制限: 開発したソフトウェアやデザインを自由に利用、改変、配布、販売できるのは誰なのかが不明確になります。例えば、発注者が納品されたソフトウェアを自社の別製品に組み込もうとした際に、受注者から「それは著作権侵害だ」と主張されるといった事態が起こりえます。
- 二重開発・模倣のリスク: 受注者が開発した成果物の知的財産権を保持している場合、それを別の顧客のために再利用したり、類似の製品を開発して競合したりする可能性があります。
- 訴訟リスク: 権利の帰属を巡って当事者間で争いが生じ、結果として多大な時間と費用を要する法的紛争に発展する可能性が非常に高くなります。敗訴した場合、多額の損害賠償を命じられるだけでなく、事業の継続にも影響を及ぼしかねません。
- 企業の資産価値の低下: 知的財産は企業の重要な資産です。その帰属が不明確だと、企業価値の評価にも悪影響を与え、将来的なM&Aや資金調達の際に問題となることがあります。
契約時に必ず権利帰属について明記する重要性
これらのリスクを回避するためには、契約締結時に知的財産権の帰属について、極めて明確に、かつ詳細に規定することが不可欠です。
- 誰に帰属するのか:
- 原則は受注者に帰属: 多くの国の著作権法では、著作物はそれを創作した者(この場合、開発を請け負った受注者側のエンジニアやデザイナー)に原始的に帰属すると定められています。そのため、発注者が権利を得るためには、契約書で明確に「譲渡する」旨を規定する必要があります。
- 発注者に帰属: 発注者としては、開発費用を支払う以上、成果物の知的財産権を自社に帰属させたいと考えるのが通常です。この場合、「本契約に基づき作成された成果物に係る一切の知的財産権(著作権法第27条及び第28条に定める権利を含む)は、成果物の引渡し完了時をもって、受注者から発注者に譲渡され、発注者に帰属するものとする。」といった明確な文言を記載します。
- 共同開発の場合: 複数の当事者が協力して開発する場合、知的財産権を共有とするのか、それぞれの貢献度に応じて権利を分配するのか、あるいは一方に帰属させるのかを詳細に定める必要があります。共有とする場合は、権利行使の条件(例えば、利用やライセンス許諾に際しては共有者全員の同意が必要かなど)も明確に規定します。
- 対象範囲の明確化:
- 知的財産権の対象となる成果物が具体的に何かを定義します。例えば、「ソースコード、オブジェクトコード、設計書、仕様書、テストデータ、画面デザイン、アイコン、ロゴ、ユーザーマニュアル、関連するドキュメント一切」など、漏れがないように列挙します。
- 既存のコードやオープンソースソフトウェア、第三者のライブラリを利用する場合の取り扱いについても規定が必要です。これらについては、別途ライセンス契約が必要となる場合があるため、その責任の所在も明確にしておきます。
- 二次利用、改変、再利用の許諾:
- 知的財産権が発注者に帰属した場合でも、受注者がその成果物の一部(例えば、汎用的なモジュールやノウハウ)を他の開発プロジェクトで再利用したいと考える場合があります。その場合、発注者が受注者に対して、限定的な範囲でのライセンス(使用許諾)を与える旨を契約書に盛り込むことも検討できます。このライセンスは、非独占的・非再許諾的であること、競合するプロジェクトには利用しないことなど、条件を明確にすることが重要です。
専門家のレビューの検討
知的財産権に関する条項は、法的な専門知識を要する非常にデリケートな部分です。そのため、弁護士や弁理士といった専門家によるレビューを検討すべきです。特に、以下のようなケースでは必須と言えます。
- 海外との取引: 国際的な契約では、準拠法や各国の知的財産権に関する法制度の違いを理解する必要があるため、現地の法律に詳しい専門家の助言が不可欠です。
- 重要な知的財産が含まれる場合: 開発するソフトウェアに、企業の将来を左右するような画期的な技術や独自のビジネスモデルが含まれる場合。
- 共同開発やライセンス契約: 複数の当事者が関与する場合や、ライセンスの付与・受領が複雑になる場合。
専門家のレビューは費用がかかりますが、将来発生しうる莫大な訴訟費用や、企業の基盤となる知的財産を失うリスクに比べれば、そのコストははるかに小さい投資と言えるでしょう。契約締結前に、知的財産権の帰属が明確であり、自社の権利が十分に保護されているかを、細部にわたって確認することが極めて重要です。
言語・法律の違いによる誤解
海外とのソフトウェア開発契約において、最も頻繁かつ重大な問題の一つが、言語や法律の違いによる誤解です。特に、契約書を英語で交わす場合、単純な翻訳ではカバーできない専門用語や表現の微妙なニュアンス、さらには法的概念の相違が、予期せぬトラブルや紛争の原因となることがあります。
専門用語や表現の微妙な違い
英語で契約書を作成する際、単に日本語を直訳するだけでは不十分です。法律用語やビジネス用語は、それぞれの言語圏の法体系や商慣習に基づいて発展してきたため、一見すると同じ意味に見えても、その裏にある法的意味合いやニュアンスが大きく異なることがあります。
- 「損害賠償」の範囲: 例えば、日本語の「損害賠償」は直接損害を指すことが多いですが、英語の “damages” は、”direct damages”(直接損害)と “indirect/consequential damages”(間接損害/派生損害)に明確に区別されることが一般的です。契約書にどちらが含まれるか明記されていないと、万が一の違反時に賠償範囲で争いが生じます。
- 「合理的な努力」: 日本語で「合理的な努力」と訳される “reasonable efforts” や “best efforts” は、英語圏ではその意味合いが厳密に区別され、義務の程度に大きな差があります。どちらの努力義務を負うのかによって、後の責任が大きく変わってきます。
- 「不可抗力」の定義: “Force Majeure”(不可抗力)の定義も国や契約によって異なり、単に地震や戦争といった自然災害だけでなく、ストライキ、ロックダウン、特定の政府規制などが含まれるか否かで、義務履行不能時の免責範囲が変わります。
- 契約解除の条件: 「契約解除」を意味する “termination” や “rescission” も、それぞれが持つ法的効果や条件が異なります。特に、違反がない場合でも解除できる “termination for convenience”(任意解除)条項の有無は重要です。
これらの微妙な違いが、後の紛争において決定的な差を生むことがあります。契約書に記載される用語や表現は、双方の国の法体系や商慣習を理解した上で、正確な意味合いで選択されるべきです。
契約の準拠法と裁判管轄の明確化
国際契約において、「準拠法(Governing Law)」と「裁判管轄(Jurisdiction)」を明確にすることは、紛争解決の道筋を定める上で最も重要な要素の一つです。
- 準拠法:
- 契約の解釈や履行、違反時の法的効果が、どの国や地域の法律に基づいて判断されるかを定めます。
- 例えば、「本契約は日本法に準拠し、日本法に従って解釈されるものとする」といった形で明記します。
- この条項がない場合、国際私法のルールに従って準拠法が決定されますが、これは複雑であり、予期せぬ国の法律が適用されてしまうリスクがあります。
- 特に、知的財産権の保護、損害賠償の範囲、契約解除の条件などは国によって法律が大きく異なるため、準拠法の選択は非常に重要です。自社の法務担当者が理解しやすい国の法律を選ぶのが一般的ですが、相手国の法制度に詳しい弁護士のアドバイスを得ることも必須です。
- 裁判管轄:
- 契約に関する紛争が発生した場合に、どの国・地域の裁判所が専属的に管轄権を持つかを定めます。
- 例えば、「本契約に関する一切の紛争は、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。」といった形で明記します。
- 裁判管轄が不明確だと、相手国で訴訟を起こされてしまう可能性があり、言語や地理的な負担、費用が大幅に増加します。
- また、裁判ではなく仲裁(Arbitration)を選択することも一般的です。仲裁は、非公開で行われ、専門家が裁定を行うため、裁判よりも迅速かつ柔軟な解決が期待できる場合があります。その場合、「本契約に関する紛争は、日本商事仲裁協会の仲裁規則に従い、東京で仲裁により解決されるものとする。」といった形で仲裁機関と場所を定めます。仲裁裁定は多くの国で執行が可能であるというメリットもあります。
誤解を避けるための対策
- 専門家(弁護士)の活用: 国際契約の経験が豊富な弁護士に契約書の内容をレビューしてもらうことは必須です。彼らは、法的なリスクを洗い出し、各国間の法的概念のギャップを埋めるための適切な表現を提案できます。
- 明確な定義条項: 契約書内で使用する重要な用語は、冒頭に「定義」のセクションを設け、その意味を明確に記述します。
- 複数言語での作成と正本指定: 契約書を双方の言語で作成する場合、必ずどちらの言語版が法的に優先される「正本(Official Language)」であるかを明記します。
- コミュニケーションの透明性: 契約締結後も、プロジェクトの進行中に疑問点や不明瞭な点が生じた場合は、すぐに書面で確認し、認識の相違がないように努めることが重要です。
言語と法律の違いによる誤解は、国際ビジネスにおける避けられないリスクですが、適切な対策を講じることでその影響を最小限に抑え、円滑なプロジェクト遂行とビジネス関係の構築に繋げることができます。
品質や納品基準のズレ
ソフトウェア開発において、納品される成果物の品質レベルや納品基準に関する認識のズレは、特に日本と海外の企業間で頻繁に発生する問題です。日本独自の「高品質」や「おもてなし」といった概念は、海外では必ずしも共有されているわけではなく、これが原因で期待値の相違や深刻なトラブルに発展することが少なくありません。
なぜ品質や納品基準のズレが生じるのか
このズレは、主に以下のような要因によって引き起こされます。
- 文化的な品質観念の違い: 日本では、細部にわたる完璧さや「かゆい所に手が届く」ような配慮が品質の一部と見なされる傾向がありますが、海外では「必要十分な機能が動作すればよい」という実用性やコスト効率が優先される場合があります。
- コミュニケーションの不足: 仕様書や契約書が曖昧なままだと、各々が独自の解釈で開発を進めてしまい、最終的な成果物の品質が発注者の期待と乖離します。
- 開発プロセスの違い: 開発手法(ウォーターフォール、アジャイルなど)やテスト文化の違いも、品質認識のズレに影響を与えます。
- 言語の壁: 品質に関する抽象的な概念やニュアンスが、翻訳の過程で失われたり、誤解されたりすることがあります。
トラブル予防のために合意すべき具体的な基準
このようなズレを予防し、円滑なプロジェクト進行と高品質な成果物の納品を実現するためには、契約書や仕様書で具体的な品質基準、テスト項目、レビュー体制などを詳細に合意しておくことが不可欠です。
- 具体的な品質基準の定義:
- 機能要件の明確化: ソフトウェアが備えるべき機能をリストアップし、それぞれの機能がどのような条件下で、どのように動作すべきかを具体的に記述します。例えば、「ユーザーがボタンをクリックした場合、〇〇秒以内に△△の処理が完了し、◇◇の画面が表示されること」のように、数値や客観的な指標を用いて表現します。
- 非機能要件の合意: 性能(レスポンス速度、同時アクセス数)、セキュリティ(脆弱性対策、データ暗号化)、可用性(稼働率)、保守性、拡張性、操作性(UI/UXガイドライン)など、機能以外の品質要件も明確に定義します。
- コーディング規約: ソースコードの品質(可読性、保守性、再利用性など)を保証するために、命名規則、コメントの書き方、コードの構造など、具体的なコーディング規約を合意し、遵守を義務付けます。
- テスト項目とテスト基準の明確化:
- テスト計画の共有: どのようなテスト(単体テスト、結合テスト、システムテスト、受け入れテストなど)を、どのフェーズで、誰が、どの範囲で行うのかを明確にします。
- テストケースの作成と合意: 各機能や要件に対応する具体的なテストケース(テストシナリオ、入力データ、期待される結果など)を事前に作成し、双方で合意します。
- バグの定義と重症度分類: 発見されたバグをどのように定義し、その重症度(致命的、重要、軽微など)をどのように分類するのかを合意します。
- バグ修正の責任と期間: バグ修正の責任がどちらにあるのか、および修正にかかる期間の目安を定めます。重大なバグに対するSLA(サービスレベルアグリーメント)を設定することも有効です。
- テスト環境の合意: テストを実施する環境(OS、ブラウザ、デバイス、ネットワーク条件など)を具体的に指定し、双方で共有します。
- レビュー回数と承認プロセス:
- レビューフェーズの明示: 要件定義、設計、開発、テストといった各フェーズで、どのような形式のレビュー(ドキュメントレビュー、コードレビュー、デモンストレーションなど)を、何回実施するのかを明確にします。
- レビュー参加者の指定: 各レビューに誰が参加し、誰が承認権限を持つのかを定めます。
- 承認基準の明確化: 各フェーズの成果物が次のフェーズに進むための承認基準を具体的に設定します。承認プロセスと、不承認時の対応(修正、再レビューなど)も明記します。
- 成果物の検収基準とプロセス: 最終的な納品物の検収期間、検収基準(機能がすべて実装されているか、バグが許容範囲内かなど)、不合格時の修正義務と再納品期間などを明確に定めます。
- コミュニケーションの頻度と方法:
- 進捗報告会議の頻度、使用言語、参加者、報告内容などを具体的に定めます。定期的なコミュニケーションは、認識のズレを早期に発見し、修正するために不可欠です。
これらの具体的な基準を契約書や詳細な仕様書に明記し、双方の合意を得ることで、発注者と受注者間の品質に関する認識のズレを最小限に抑え、期待通りの成果物を手に入れる可能性を高めることができます。国際的なソフトウェア開発においては、「書かれていないことは存在しない」という原則を強く意識し、あらゆる細部を文書化することが、トラブルを未然に防ぐための最善策となります。
コミュニケーションの問題
海外とのソフトウェア開発プロジェクトにおいて、コミュニケーションの問題は、時差、文化的な背景、言語の壁などが複雑に絡み合い、プロジェクトの遅延や品質低下、最終的な失敗に直結する最も大きなリスク要因の一つです。日本企業特有の「阿吽の呼吸」や「行間を読む」といったコミュニケーションスタイルは、海外のパートナーには通用しないことがほとんどであり、プロジェクト初期の段階で明確なルールを設け、遵守することが極めて重要になります。
コミュニケーションの問題が起こる原因
- 時差:
- 発注者と受注者の間に大きな時差がある場合、リアルタイムでのコミュニケーションが困難になります。質問や確認事項が発生しても、相手からの返答を待つ時間が長くなり、開発プロセス全体の停滞を招きます。
- 会議時間の調整も難しく、どちらかの当事者が無理な時間帯での参加を強いられ、集中力や生産性の低下に繋がります。
- 文化の違い:
- 報告・連絡・相談(ホウ・レン・ソウ)の感覚の違い: 日本では「報・連・相」が重視され、問題の兆候や進捗の遅れなども早期に報告することが期待されます。しかし、海外の文化では、問題が発生してから初めて報告される、あるいは自分で解決しようとして報告が遅れるといったケースがよく見られます。これは、相手が「自分で解決できる」と判断していたり、「失敗を報告したくない」という心理が働いたりするためです。
- 指示の受け止め方: 日本では「〇〇してください」といった丁寧な指示が使われますが、海外ではより直接的で明確な指示が求められます。曖昧な指示は、誤解や期待値のずれを生みやすくなります。
- フィードバックの仕方: 建設的な批判やネガティブなフィードバックの伝え方も文化によって異なります。直接的な表現が相手を不快にさせたり、逆に遠慮しすぎると意図が伝わらなかったりします。
- 言語の壁:
- 契約書だけでなく、日常の業務連絡、技術的な議論、会議など、あらゆる場面で言語の壁は存在します。
- 専門用語やスラングの理解不足、微妙なニュアンスの伝達ミスが、誤解や認識のズレを生み、手戻りや品質問題の原因となります。
- 英語が共通言語となることが多いですが、非ネイティブ同士の場合、お互いの英語力に依存するため、情報の正確な伝達がさらに難しくなります。
プロジェクト初期段階でルール化すべき事項
これらの問題を克服し、円滑なコミュニケーションを実現するためには、プロジェクトの立ち上げ段階で以下の事項を明確にルール化し、すべての関係者がそのルールに従うことを徹底する必要があります。
- 定期ミーティングの設定:
- 頻度と時間: 毎日の朝会(デイリースクラム)、週次の進捗会議、月次の定例報告会など、プロジェクトのフェーズや規模に応じたミーティングの頻度を決定します。時差を考慮し、双方にとって無理のない時間帯を設定するよう努めましょう。
- アジェンダと議事録: 各ミーティングのアジェンダを事前に共有し、目的と議題を明確にします。また、会議後には決定事項、懸案事項、アクションアイテム(担当者と期限)を含む詳細な議事録を作成し、参加者全員で確認・共有することを義務付けます。これにより、認識の齟齬を防ぎ、言った言わないのトラブルを回避できます。
- 使用言語とツールの統一:
- 共通言語の指定: プロジェクトで使用する共通言語(例:英語)を明確に定めます。技術文書、仕様書、チャット、メール、会議など、全てのコミュニケーションで指定された言語を使用することを徹底します。
- コミュニケーションツールの統一: チャットツール(Slack, Microsoft Teams)、ビデオ会議ツール(Zoom, Google Meet)、プロジェクト管理ツール(Jira, Asana)、ドキュメント共有ツール(Confluence, Google Drive)など、使用するツールを統一し、すべての情報が集中するプラットフォームを確立します。これにより、情報の散逸を防ぎ、必要な情報へのアクセスを容易にします。
- ツール利用に関するルール: 各ツールの利用目的(例:緊急連絡はチャット、公式な決定事項はメールまたはプロジェクト管理ツールに記録)や、通知設定に関するルールも定めておくと良いでしょう。
- 報告・連絡・相談のルール化:
- 報告頻度と形式: 進捗報告の頻度(毎日、週次など)と、報告の形式(口頭、チャット、メール、日報システムなど)を具体的に定めます。
- エスカレーションポリシー: 問題が発生した場合のエスカレーション(上位者への報告)手順を明確にします。どの程度の問題(例:納期遅延が〇日以上、重大なバグの発見など)であれば、誰に、いつまでに報告すべきかを具体的に定めます。
- 質問・確認のルール: 疑問点や不明点があった場合の質問方法(チャット、メール、会議など)と、回答までの目安時間を合意します。
- 透明性の確保: プロジェクトの進捗状況や問題点を、双方のチーム間で透明性高く共有することを奨励します。
- オンボーディングと文化理解の促進:
- プロジェクト開始時に、コミュニケーションルールだけでなく、相手の国の文化や商慣習について理解を深めるための簡単なオリエンテーションを行うことも有効です。
- 定期的なカジュアルなコミュニケーション(雑談タイムなど)を通じて、信頼関係を構築し、心理的な距離を縮める努力も重要です。
これらのコミュニケーションに関するルールをプロジェクト初期に設定し、契約書やプロジェクト憲章に明記することで、時差や文化、言語の壁から生じる誤解や問題の発生を未然に防ぎ、海外とのソフトウェア開発プロジェクトを成功に導くための強固な基盤を築くことができます。